
笠島 一郎さん
職業 / 法人役員(元 三股町地域おこし協力隊)
埼玉県生まれの笠島一郎さん(1974年生)は、東京で妻の幸代さん、長男の正輝くんと3人で生活をしていましたが、様々な生活環境を考えた結果、三股町への移住を決断。現在、地域おこし協力隊として活動する同氏に、移住の経緯や現在の生活についてお伺いしました。
人の温かさや子どもの健やかな成長など、
お金では買えない多くの豊かさを
得ることができました。

移住するにあたり、不安はありませんでしたか?
(妻 幸代さん)
もちろん、不安はたくさんありました。40代という主人の年齢で、退職からの再スタート、それに伴う就職や収入面に関する不安や、子どもも大きくなり、慣れ親しんだ土地を離れるのはかわいそうという気持ちもありました。
ですが私たち夫婦の中で、最優先すべきは「子どもの将来」であり、そのためには移住が必要だと考えていたので、それなら少しでも早いタイミングが良いとの結論に至りました。

三股町に移住し約1年経ちましたが、不安はどうでしたか?
(一郎さん)
あれだけ抱えていた不安はどこへやら(笑)三股町長田に一戸建ての住居を購入したので、ご近所付き合いも心配事のひとつにあったのですが、周りの方々が本当に親切にしてくださったので、アッという間に溶け込むことができました。
仕事も三股町の「地域おこし協力隊」として夫婦共に就任することができ、物産・観光資源等のPR、地域活動への参加などにより、地域の活性化に取り組んでいます。業務上、地域の人々と接する機会が多く、そこでも人の温かさを日々感じています。
また、子どもも新しい土地にすんなりと馴染んだのも人のおかげなんです。元々人見知りの激しい性格だったのですが、みんなが面倒を見てくれたり、声かけをしてくれるため、人に慣れ、感情表現が豊かになりました。この「人の温かさ」が、移住前に持っていた不安を全て解消してくれたといっても過言ではないですね。

東京から三股町へ移住し、良かったと感じるところは?
(妻 幸代さん)
私はやはり子育て関係でストレスに感じていたことが全て解消されたのが大きいですね。
スーパーでの買い物も、ベビーカーが充実しているため本当に楽になりましたし、公園にしても駐車場待ちなんてことはなく、遊具も充実しているから嬉しい限りです。
また、東京では公園に行かないと緑に触れることができなかったのですが、三股町では常に緑のある生活を送れるのが素晴らしいです。子どもは山や川をテレビでしか見たことがなかったので、実物を見た当初は動揺していました(笑)。
車で行ける範囲に、山・川・海がたくさんあり、その中にある多くの植物や生き物に触れることで、子どもは大きなメリットや可能性を与えられていると感じています。
(一郎さん)
他には、人の距離感が近いところも良いですね。
東京には長年住んでいたにも関わらず、ご近所様との挨拶もありませんでしたし、どんな人が住んでいるのかさえ分かりませんでした。それが三股町ではご近所様との会話やお付き合いが日常的に行われており、地域ネットワークの構築や情報の共有に繋がっていると感じています。子どもを持つ親としては、安心にも繋がっているため、とてもありがたいですね。

自らの体験をもとに、地域おこし協力隊として
三股町のPRをお願いします。
(一郎さん)
東京から三股町に移住したことで、収入が減り生活レベルは下がりましたが、「人の温かさ」や「家族・地域との絆」、「子どもの健やかな成長」など、金銭では買えない多くの豊かさを得ることができました。私たち家族は三股町に移住し、本当に良かったと思っています。
また、この仕事を通して様々な地域行事に参加し、多くの人や文化に触れてきましたが、三股町は「変わろう」とする気概が他の町よりも突出しており、これからより一層おもしろい町になると感じています。三股町の良さは実際に触れて感じる部分が非常に多いと思います。移住をお考えで三股町へ少しでも興味を持ってくださった方は、ぜひ一度遊びにいらしてください。
